本記事は、証券市場の一般的な仕組みを説明する教育目的のものであり、投資助言ではありません。特定の現在の出来事、企業、あるいは個別銘柄について述べたものではありません。

大阪取引所で売買されている長期国債先物は、実は一度も発行されたことのない「架空の国債」を対象にしている、と言ったら意外に思われるだろうか。表面利率6%、残存期間10年という、現実には存在しない標準化された国債が先物の基準となっているのだ。しかし決済の場面になると、この架空の国債の代わりに、実際に発行されている複数の国債の中から売り方(空売りしている側)が選んで受け渡すことができる。しかも実務上は、その候補群の中からほぼ毎回、特定の1銘柄が選ばれる傾向がある。なぜ架空の国債を基準にするのか、そしてなぜいつも似たような銘柄に落ち着くのか、その仕組みを追ってみたい。

名目国債といくつもの実在国債

国債先物が取引の基準とするのは、特定の1銘柄ではなく、「表面利率6%、残存期間10年」という条件を満たす標準化された名目上の国債である。この名目国債は市場に実在しないため、満期を迎えても実際の資金や証券のやり取りは発生しえない。そこで取引所は、決済時に売り方が実際に受け渡せる対象として、残存期間が一定の範囲内にある実在の国債群を「受渡適格銘柄群」として指定している。買い方は満期になれば、その中のどれかを受け取ることになる。どの銘柄を渡すかを選ぶ権利は、売り方に与えられている。

受渡換算率という共通の物差し

問題は、受渡適格銘柄群に含まれる国債は、表面利率も残存期間もばらばらだという点だ。利率の高い国債と低い国債、残存期間が長い国債と短い国債を、同じ先物価格でそのまま交換させては公平にならない。そこで導入されているのが「受渡換算率(コンバージョン・ファクター)」である。これは、それぞれの実在国債を名目国債と同じ6%の利回りで割り引いたと仮定した場合の理論価格に相当する係数で、取引所があらかじめ銘柄ごとに算出し、公表している。決済時に売り方が受け取る金額は、先物の決済価格にこの換算率を掛け、経過利息を加えたものになる。理論上はこれで、どの銘柄を渡しても売り方の損得は同じになるはずだった。

なぜ「一番安い」銘柄がほぼ決まるのか

しかし受渡換算率は、あくまで6%という一律の利回りを前提にした計算にすぎない。実際の市場利回りは日々変動し、しかも銘柄ごとの残存期間によって微妙に異なる。市場の実勢利回りが6%からかけ離れているほど、換算率が反映する理論価格と実際の市場価格との間にずれが生じる。売り方からすれば、市場で安く仕入れて換算率の分だけ高く評価される国債を選べば、それだけ得をする計算になる。この「市場で調達する費用」と「先物決済で受け取る対価」の差が最も有利になる銘柄が、いわゆる「受渡最割安銘柄(チーペスト・トゥー・デリバー、CTD)」と呼ばれる。

日本国債のように、実勢利回りが長期にわたって名目利率の6%を大きく下回る環境では、受渡適格銘柄群の中でも残存期間が最も短い(受渡可能範囲の下限に近い)銘柄が最割安になりやすいことが、市場関係者の間では経験的に知られている。逆に利回りが6%に近づいたり上回ったりする局面では、最割安銘柄が入れ替わることもある。いずれにせよ、いったん「最も安く調達できる」銘柄が定まると、実務上はほとんどの空売り決済がその1銘柄に集中する。その結果、先物の価格は名目国債そのものではなく、この最割安銘柄の値動きに連動して形成されるようになる。国債先物の値がさを見るとき、実際には市場参加者が最割安銘柄という「もう一つの物差し」を通して価格を眺めていることになる。