本記事は取引所の商品説明資料と財務省の公表資料にもとづく一般的な解説であり、投資助言ではありません。記載内容は末尾に挙げた公的資料の記述にもとづきます。

分析:実在しない債券を置くと何が動くか

標準物という仕組みは、先物価格を特定の一銘柄から切り離すために置かれている。取引対象が実在する一つの国債であれば、その銘柄の需給や発行残高が先物価格に直接効いてしまう。標準物とバスケット受渡の組み合わせは、その経路を断ちつつ、最終的には現物の授受で価格を現物市場につなぎとめる設計になっている。

コンバージョン・ファクターは中立な換算係数のように見えるが、完全に中立ではない。同資料は、受渡銘柄ごとに計算される係数に基づいて先物価格に掛け合わせると、これまでの市場環境下では残存7年の国債を受け渡すコストが最も低い環境が続いていると説明している。つまり、バスケットは形式上7年から11年に開かれているが、実際に選ばれる銘柄は市場環境によって一方に偏る。先物価格が事実上どの現物を映しているかは、係数の一覧と現物価格を突き合わせて初めて分かる。

受渡適格銘柄の供給側も固定ではない。財務省は、国債市場の流動性の維持・向上を図るため、既発債の追加発行である流動性供給入札を充実させ、リオープン方式により一銘柄当たりの発行額を増やす取組を実施していると説明する。令和8年度国債発行計画では、流動性供給入札を前年度と同額の総額13.5兆円で実施することとされている。受渡に使える現物の厚みは、発行当局の計画の側でも動いている。

この制度が示していることと示していないことも分けておきたい。取引所の資料が定めているのは標準物の諸元、受渡適格銘柄の範囲、換算の方法、取引時間と値幅までである。ある限月でどの銘柄が実際に受け渡されるか、先物価格が現物のどこから乖離しているかは、交換比率一覧と現物価格を並べなければ判断できない。標準物は実在しないが、その裏側で受け渡される国債はすべて実在している。

文書が示す事実

大阪取引所で売買されている長期国債先物の取引対象は、市場に存在しない債券である。日本取引所グループの説明は明快で、国債先物とは実際に発行されている日本国債ではなく、国債の標準物を取引対象とした先物取引だとされる。標準物は取引円滑化のため証券取引所がクーポンレートや償還期限などを標準化して設定したもので、実在しないため、最終決済では受渡適格銘柄と呼ばれる国債の授受が行われる。

標準物の中身

標準物は商品ごとに諸元が決まっている。中期国債先物取引の取引対象は中期国債標準物で3%、5年。長期国債先物取引は長期国債標準物で6%、10年。超長期国債先物取引(ミニ)は超長期国債標準物で3%、20年である。取引開始日は長期が1985年10月19日、中期が1996年2月16日、超長期(ミニ)が2014年4月7日と、商品ごとに三十年近い開きがある。

受渡適格銘柄はレンジで定義される。中期は残存4年以上5年3か月未満の5年利付国債、長期は残存7年以上11年未満の10年利付国債、超長期(ミニ)は残存19年3か月以上21年未満の20年利付国債だ。取引単位は中期と長期が額面1億円、超長期(ミニ)が額面1千万円で、呼値の単位は額面100円につき1銭である。

受渡がバスケットになっている理由

東京大学公共政策大学院の服部孝洋氏とJPXが共著した解説資料は、この設計の狙いを具体的に書いている。国債先物の特徴は、現物決済に際し受渡銘柄が残存7年以上11年未満の10年利付国債という形でレンジ、すなわちバスケットとして設けられている点にある。先物の売り手は、その範囲の複数の国債の中から銘柄を選んで受渡を行うことができる。

なぜ一銘柄に固定しないのか。同資料は、仮に残存7年の国債を受け渡す制度にしてしまうと、その年限の国債を買い占めて利益を得ようとする投資家が発生する可能性があると指摘する。この買い占め行為をスクイーズという。残存7年から11年という形で受渡可能な国債を複数設けておけば、たとえ残存7年の国債が買い占められても残存8年の国債を受け渡すことができ、スクイーズを防ぐ効果を持つ。受渡銘柄の残存期間が7年以上とされた背景には、相場操縦を回避するため、先物導入当時の発行量に鑑みて受渡供給量として残存7年以上あれば十分という判断があったと説明されている。

架空の債券と実在の債券をつなぐ係数

標準物と受渡適格銘柄をつなぐのがコンバージョン・ファクターである。同資料は、実務的には標準物の価格を現実の国債価格に変換する係数と理解しておけば十分だとしたうえで、その意味するところは、受渡銘柄の利回りが標準物と同じ6%になるような価格を100円で基準化したものだと述べる。

使い方は単純だ。受渡価格は先物価格にコンバージョン・ファクターを掛け合わせて定められる。同資料の例では、残存7年国債のコンバージョン・ファクターが0.7、先物価格が150円であるとすると、105円が残存7年国債の受渡価格になる。係数は受渡を行う利付債のクーポンや残存期間に依存するため、受渡銘柄それぞれで異なる値になる。売り手はこの計算を全銘柄について行い、受渡のコストが最も低い銘柄を選ぶ。それが最割安銘柄、いわゆるチーペストである。

取引の外枠

先物としての枠組みも細かく決まっている。限月取引は3月、6月、9月、12月の3限月取引で、取引最終日は受渡決済期日である各限月の20日、休業日の場合は繰下げ、その5日前の営業日となる。長期国債先物取引のレギュラー・セッションは12:30から15:00までで、クロージングは15:02である。

値幅にも段がある。呼値の制限値幅は長期国債先物取引で通常上下4.00円、最大上下6.00円とされ、拡大は1回のみ該当方向にのみ行われる。即時約定可能値幅は、長期のオープニング・オークションで上下90銭、通常値幅で上下10銭、クロージング・オークションで上下15銭である。中心限月取引において制限値幅の上限または下限の値段で約定もしくは気配提示された場合、全限月取引の取引が10分間以上中断される。