本記事は日本の法令と自主規制機関の公表資料にもとづく一般的な解説であり、投資助言ではありません。記載内容は末尾に挙げた公的資料の記述にもとづきます。

分析:線は金額ではなく手続きで引かれている

三つの定義を重ねると、法が実際に禁じている行為の形が見えてくる。会社関係者という身分、未公表の重要事実という情報、そして公表前という時点。この三つが同時に成立したときだけ売買が禁じられる。裏返せば、情報がどれほど重大でも公表後であれば規制は働かず、逆に金額が小さくても三つが揃えば違反になりうる。自主規制法人のFAQも、インサイダー取引の成否には取引による利益の額や損失発生の別は関係がないと明言している。

条文の構造は、重要事実の入口を二重にしている点でも特徴的だ。第一号から第三号までは、行為や数値で類型化されたうえで軽微基準や府令の基準によって範囲が絞られる。ところが第四号は、投資者の投資判断に著しい影響を及ぼすものという評価だけで成立する。府令の数表は、この第四号の外側を切り取っているのではなく、あくまで列挙された類型の内側を整理しているにすぎない。

この制度が確立していることと、していないことも分けておきたい。条文と府令が確立しているのは、誰が対象か、どの類型が重要事実か、公表がいつ成立するかまでである。ある個別の情報が第四号に当たるかどうかは、条文の文言からは一義的に決まらない。自主規制法人自身、FAQは一般論を示したものであり、実際の事案における事実関係によっては異なる結論となる場合があり得ると断っている。

読む側が確かめられるのは、その会社が適時開示をいつ行ったか、開示の内容が第百六十六条第二項のどの号に対応するか、そして決算に関する数値であれば府令第五十一条の比率のどこに位置するか、という三点だ。重要事実という言葉の重さではなく、この三点の並びが線の位置を示している。

文書が示す事実

インサイダー取引の議論はしばしば「重要そうな話かどうか」で語られる。しかし金融商品取引法の条文はその感覚を使っていない。誰が知ったのか、何を知ったのか、それがいつ公表されたのか。この三つがそれぞれ別の条文と府令で定義され、線はその交点に引かれる。日本取引所自主規制法人も、規制の内容を正しく理解することを未然防止の柱の一つに挙げている。

会社関係者という入口

第百六十六条第一項は、規制の対象となる者を「会社関係者」として列挙する。上場会社等の役員、代理人、使用人その他の従業者はその者の職務に関し知ったとき、会社法第四百三十三条第一項の権利を有する株主は当該権利の行使に関し知ったとき、法令に基づく権限を有する者は当該権限の行使に関し知ったときが、それぞれ入口になる。取引先も外れない。上場会社等と契約を締結している者、または締結の交渉をしている者は、その契約の締結、交渉または履行に関し知ったときが対象である。

同項は、これらに該当しなくなった後一年以内の者についても同様とすると定めている。日本取引所自主規制法人のFAQも、会社関係者でなくなった後一年以内の者は会社関係者と同様に規制の対象とされており、在任中に職務に関して知った未公表の重要事実が売買時点でまだ公表されていなければ規制に触れうると説明する。退任は免罪符にならない。

重要事実は四つの束でできている

第百六十六条第二項は重要事実を類型で並べる。第一号は、業務執行を決定する機関が一定の事項を行うことについての決定をしたこと、または公表済みの決定に係る事項を行わないことを決定したことである。列挙されるのは、株式の募集、資本金の額の減少、会社法第百五十六条第一項の規定による自己の株式の取得、株式無償割当て、株式の分割、剰余金の配当、株式交換、株式移転、株式交付、合併、会社の分割、事業の全部または一部の譲渡または譲受け、解散、新製品または新技術の企業化などだ。

第二号は発生した事実で、災害に起因する損害または業務遂行の過程で生じた損害、主要株主の異動、上場廃止の原因となる事実が挙がる。第三号は売上高、経常利益、純利益と剰余金の配当の予想値の修正である。そして第四号が、前三号に掲げる事実を除き、運営、業務または財産に関する重要な事実であって投資者の投資判断に著しい影響を及ぼすもの、といういわゆる包括条項になる。第五号以下は子会社について同じ構造を繰り返す。

数値で切られる部分と、切られない部分

第二項は、第一号や第二号などの事実について、投資者の投資判断に及ぼす影響が軽微なものとして内閣府令で定める基準に該当するものを除くとしている。有価証券の取引等の規制に関する内閣府令第四十九条以下が、この軽微基準を決定事実、発生事実、子会社の決定事実ごとに定めている。

決算情報の側はより機械的だ。同府令第五十一条は、新たに算出した予想値または当事業年度の決算における数値を、公表がされた直近の予想値、それがない場合は公表がされた前事業年度の実績値で除して得た数値について、売上高は一・一以上または〇・九以下、経常利益と純利益は一・三以上または〇・七以下、剰余金の配当は一・二以上または〇・八以下という基準を置く。経常利益と純利益については、直近の予想値または前事業年度の実績値が零の場合はすべてこの基準に該当するとされる。

注意すべきは、第二項第四号の包括条項にはこの種の除外規定が付いていないことだ。数字の閾値を下回るから安全、という読み方は、決算情報の類型の内側でしか成り立たない。

公表はいつ成立するか

売買が許されるのは重要事実が公表された後である。その公表の意味も条文の側にある。第百六十六条第四項は、政令で定める措置がとられたこと、または第二十五条第一項に規定する書類が公衆の縦覧に供されたことを公表とする。金融商品取引法施行令は、報道機関への公開について、少なくとも二の報道機関に対して公開した時から十二時間を周知のために必要な期間と定めている。

日本取引所自主規制法人は、重要事実が公表された全ての銘柄を対象に売買動向等を日々分析し、インサイダー取引と疑われる取引については全て証券取引等監視委員会に報告していると説明する。この売買審査は、公表という一点を基準に、その前後の取引を並べて見る作業でもある。